| 情報提供: ディスカバーたいはく | ![]() |
| 所在地: 仙台市太白区向山4丁目17 | |
| 連絡先: 太白区まちづくり推進協議会 | 電話: 022-247-1111 |
| 関連ホームページ: http://www.city.sendai.jp/taihaku/mati/discover/index.html | |
| 石川善助(いしかわぜんすけ)の詩碑 |
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太白区向山・愛宕神社境内 [昭和三十三年(一九五八)に建立]
化石を拾ふ 光りの澱む切り通しのなかに 童子が化石を捜してゐた 黄赭の地層のあちらこちらに 白いうづくまる貝を掘り 遠い古世代の景色を夢み 遠い母なる匂ひを嗅いでゐた …もう日は翳るよ 空に鴉は散らばるよ だのになほも探してゐる 探してゐる 外界のこころを 生の始めを 母を母を 石川善助 詩人・石川善助(一九〇一〜一九三二)は、仙台市国分町芭蕉の辻に生まれた。家は代々「菅喜」という屋号をもつ小間物屋だったが、彼が仙台商業学校に入学した翌年破産。そのため卒業後十年ほど他の店で働く。その間、詩人たちと接触、同人誌「感触」を発行したり「北日本詩人」を創刊する。昭和三年上京、中央詩壇を目指し、草野心平、高村光太郎らと交友を深め詩作も認められるようになる。酒を相手にすることが多く、昭和七年六月二十七日、三十一歳の若さでこの世を去った。その最期は大森駅近くの線路を歩いているうちに側溝に転落、溺死状態であったという。発見されたときは死後十日を経過していた。没後、友人たちによって「鴉射亭随筆」、詩集「亜寒帯」、「石川善助童謡集」が発行されている。 |
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