情報提供: ディスカバーたいはく3号 | ![]() |
所在地: 仙台市太白区茂庭 | |
連絡先: 太白区まちづくり推進協議会 | 電話: 022-247-1111 |
関連ホームページ: http://www.city.sendai.jp/taihaku/mati/discover/index.html |
215 生出が森と独活の大木 |
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昔、生出が森に独活の大木が茂っていた。独活の大木は、とても大きくてその枝葉が四里四方に広がって、麓の村々ではお天道様の光が当たらないので田畑の作物は実らなくなってしまった。 村人は、大変困って相談した結果、この独活の大木を切り倒すことにした。 次の日大勢の村人が斧を手に早く大木を切り倒そうとしたが、夕方になっても切り倒すことが出来なかった。次の日に切り倒すことにして、次の朝行って見ると不思議なことに、昨日切った筈の木の切り屑は一つも落ちていなかった。なんと昨日切った切り屑が集まって一晩ですっかり元通りになっていた。 そこで、また切り倒しにかかったが、その日の夕方になっても、やっぱり切り倒すことが出来なかった。 次の日も、そのまた次の日も、何度繰り返しても切り倒すことが出来ないので、村人は村の長老に尋ねたところ 「独活は神様の化身だから、生出が森の天辺に貴船神社を祀ればよい」 と教えられて、大同二年(八〇七)の八月、京都から貴船明神の分霊を移して祀った。 村人は三昼夜祈願をして、やっと独活の大木を切り倒すことが出来たという。その時、独活の幹が南側を流れている名取川の水底に沈んで埋もれ木になったそうだ。 村人は生出が森の麓に、切り倒した独活の大木の精を慰めるために「大木山雲道寺」を建てて供養したが、現在その寺はない。今、山頂にある石宮は貴船神社の祠である。 その後、文治五年(一一八九)源頼朝が藤原泰衡を攻め滅ぼすために源氏の守護神である鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を移した。頼朝は、自分の兜の連花座に飾っていた源氏の氏神正八幡の神像を作らせてその御神体を生出が森の山頂に祀った。これが生出森八幡神社である。 ところが、山は怒り狂い、悪い天候が続いたために、農作物は不作になり村人は途方にくれてしまった。村人たちは口々に「これはきっと、貴船神社の祟りだ。先に祀った神様を粗末にしたからだ」というようになった。 そこで、寛永十二年(一六三五)山そのものを総称した生出森八幡神社を嶽宮(たけみや)とし、山頂にあった八幡神社の祠を生出が森の山腹に遷して祀ったところ、これまでの悪い天候が嘘のように治まったそうである。 また、里宮の拝殿は、元禄七年(一六九四)茂庭の西端に遷し、それから七十年を経た宝暦十三年(一七六三)に再び造営遷宮式が執り行われている。 現在、里宮の例祭は毎年旧四月二十日に行われ名取川で禊をする勇壮な御輿は祭りの圧巻である。 |
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