情報提供: ディスカバーたいはく5号
 所在地: 仙台市太白区秋保町湯元字寺田原40−7
 連絡先: 太白区まちづくり推進協議会
 関連ホームページ: http://www.city.sendai.jp/taihaku/mati/discover/index.html

78 「楽寿園」の碑

 秋保の湯元に、高さ二.五メートルもある楽寿園の碑が立っている。湯守寿右衛門の功績を讃えた頌徳碑である。
 寿右衛門は、湯殿、湯場、湯宿の管理と湯治客から湯銭を徴収するしくみを確立したり、温泉に客を集めるため名取川沿いに公園を造った人である。また、寿右衛門は沈着で義を好み和歌や俳句を詠む風流人であったという。

   

楽寿園の碑(秋保温泉湯元)
楽寿園の碑(秋保温泉湯元)

名取御湯在宮城県名取郡秋保邨往昔与玉造佐婆古ニ泉称奥州三御湯其名夙見拾遺集大和物語等則発見杜一千年前兼疑故司泉曰佐藤勘三郎系出於平基盛連綿数十世為一郷之望而寿右衛門事蹟尤可伝也寿右文化丁丑為人沈実好義略通書史風流漢籍頗善俳歌□(※彳の右に扁の字)与文雅之士交安政卯乙八月地大震温泉湮没寿右憂之役丁夫数十人百方捜索又祷神仏聘僧道費途多端殆傾家産而無所獲寿右憤慨詣出羽湯殿山捧命哀祷者前後一百二十有八日越明年二月八日俄然泉湧復奮四方聞者此為神仏感応所致矣寿右以明治卯年八月十二日没年五十五恰与担神言符郷党畏而敬之嗚呼当温泉壅塞之日若微寿右出死力求之則一千年勝区或亡於此時亦未可知焉剰秋保之有今日豈可所謂寿右之功乎旅館四戸曰佐藤信之介為右孫曰橘源三郎曰山尾今朝三郎曰佐藤栄四郎温泉再湧以後名声頓湯治客群集常憾無遊憩之処欲開公園而未果也泉之東有松林一区枕名取川翠雲障日最宜納涼対岸一帯峰巒連互如立画屏四時異観川両岸嶮絶高数百尺巌石重畳其小者如虎豹如牛馬或臥或起或踊角逐其大者如殿閣如廬舎縦横開濶極結構布置之□(※玄の右に少の字)而松杉躑躅之類生其罅隙浅黄深緑点綴戌趣崖下之渭而駅逢石怒号憤雪散珠而其渟蓄深窪者紺碧湛藍一橋架其東橋下両壁霽何虹之柴真神造鬼設勝境也増田人庄司君益古慫慂旅館主人闢革葉修道路営小亭於眺矚最佳処今茲辛亥六月工竣以参屡遊其地来謁命園余嘗聞仁者楽山智者楽水此園併有山水之勝其為楽饒矣而客之遊此地者皆欲除病益寿也乃名曰楽寿園如何衆曰善便拠旧記書温泉顕晦顛末且賦七古一辛与之其辞日
 名取之山欝蒼名取之水碧沈懸為瀑布三百尺流至秋保湧御渇其効如神痊万病救済大札保寿 康安政乙卯地大震霊泉忽遭湮没殃誰復之者寿右一死誓神心胆剛豈乗鬼神鑒至誠一夕泉湧 響琅従是名声播返邇士女雲集自四方欲充遊人盤桓処奇勝新開小仙郷仁者之山智者水偕楽 造物無尽蔵吁嗟温泉之徳与山寿右之功与水長

明治四十四年三月
従一位侯爵
久我通久題額
友部伸吉撰
佐々木舜永書
勝雲抱刻字

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