現在の二口峠
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こんなくだらないことを考えてばかりいるので、暗記の勉強はなかなかはかどらなかった。それでもやっと五頁ほど進み、五頁最下段の『accompany』を暗記しているところへ、ユッへが大東岳という近くの山に登らないかと誘いにきた。一四〇〇米足らずの低い山で一泊で充分だという。稔は山はあまり好きではなかったが、考えてみれば『accompany』には「〜に同伴する」という意味がある、ちゃんと豆単に肉太活字でそう載っているのだ。これもなにかの因縁ではあるまいか、と稔は思ったので、ある土曜の朝ユッへに同伴して大東岳へ向い、日曜の朝、その頂上からの日の出を拝んだ。その登山行に豆単を携帯して行った稔は、途中の山道で、『accompany』に続く『accomplice』と『accomplish』のふたつの単語を完全に暗記することに成功していたので、大東岳の頂上でユッへに、「おらだはついに大東岳登頂をaccomplishしたのすね」と言った。「なんだっぺ、その外国語は?」とユッへが訊いた。「アカンプリッシュ、英語で成し遂げるつぅ意味っしゃ」と稔は得意そうに答えた。 その日の夜、二口峠を越えて山寺へ下りた二人は、駅前のそば屋で腹ごしらえをしてから、自分たちの町へ向う最終列車に乗った。 (文春文庫『青葉繁れる』より) |