情報提供: ディスカバーたいはく5号 | ![]() |
所在地: 仙台市太白区 | |
連絡先: 太白区まちづくり推進協議会 | 電話: 022-247-1111 |
関連ホームページ: http://www.city.sendai.jp/taihaku/mati/discover/index.html |
21 開業(秋保電鉄) |
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大正二年(一九一三)六月、秋保石材軌道株式会社(後の秋保電鉄)が発足した。小林八郎右衛門はじめ仙台市の有力商人らが中心となって、特産の秋保石の採掘、運搬、販売を主目的に資本金二十万円で設立された。 秋保石材軌道は、早速、秋保石材合資会社や個人の石材業者を買収、八月から軌道の敷設工事に着手している。宮城県史(昭和三十五年)によれば、レールや車両は古川馬車軌道から譲り受けたものであったという。 大正三年(一九一四)十二月二十三日、長町〜秋保、十六キロメートル間に秋保石と温泉客を運ぶために沿線住民の期待を担って馬車鉄道が本格的に営業を開始した。当時、馬が首に鈴を付け石材を乗せた貨車、箱形の客車(縦約三メートル、横二メートル)一両を引いて線路の上を走った。客車に乗る客は多いときで十五、六人、運賃は一人三十五銭であったという。線路がカーブの所に来るとラッパを吹きながら走っていたので「トテ馬車」と呼ばれていた。 馬車鉄道の開業によって秋保温泉への湯治客も急増している。明治九年(一八七六)に千八百人だった温泉利用客は、大正十三年(一九二四)には、五万人に増えている。 しかし、馬鉄は人が歩くのと同じくらいの速さだったため、徒歩に慣れている沿線の人々はあまり利用する気にならなかったそうである。 |
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